AIは、よくできた教本や、根気よく拍を刻むメトロノームと同じように、ピアノの学習を助けます。それだけでもかなり先へ進めますが、全部を任せられるわけではありません。楽器を教える仕事は、練習材料を用意すること、弾いた音を確かめること、弾き方を直すことの三つに分かれます。機械学習は最初の二つをほぼこなせるようになりました。三つ目はほとんど進歩しておらず、近いうちに変わる兆しもありません。
それぞれを分けて考えると、何を買うか、どこまで期待できるか、人に見てもらう必要があるのは何かが分かります。ピアノアプリのモデルが今できることと、うまくいかないところに合わせて、ソフトウェアとレッスンを組み合わせられます。
私たちは音楽AIを開発する立場でこの記事を書いています。Songscriptionを開発し、同じチームでAnything Pianoも作っています。AIを売る会社が、AIにできないことを公平に説明するとは限りません。そのため、AIにできないことの説明に、いちばん多くのスペースを使っています。
楽器を教える三つの仕事
ピアノの先生は、レッスンという一つの活動の中で、実際には三つの仕事をしています。それぞれにかかる手間も、以前から違いました。先生はレッスンの一部を使って、レベルに合う曲や、繰り返し間違えるところに合わせた練習を用意します。音やリズムの間違いを聴く時間もあります。そして、手や体の動きを見る時間があります。この部分は、同じ場所にいる必要があります。
この三つは、自動化しやすさが大きく違います。ひとまとめにしてしまうと、AIへの過大な期待にも、最初から役に立たないと決めつける見方にもつながります。
仕事その1:練習材料を用意する
最も大きく変わったのは、この部分です。まだ気づいていない人も多くいます。少し前まで、曲を覚えるには、誰かがその曲を書き起こしている必要がありました。出版社が出した楽譜、学習アプリ向けの編曲、掲示板に誰かが投稿したMIDI ファイルなどです。誰も書き起こしていなければ、自分で耳コピするか、別の曲を選ぶしかありませんでした。
採譜モデルがあれば、誰かの書き起こしを待つ必要がありません。録音を渡すと、ピッチ、音が始まるタイミング、長さ、ベロシティーを推定します。これらが分かれば、弾ける形のピアノパートを再現できます。Songscriptionは、この仕組みで録音から楽譜を作り、MIDIとMusicXMLも出力します。
Anything Pianoも同じ種類のモデルを使いますが、出力するものが違います。音声ファイルか、YouTube、TikTok、Instagramのリンクから、再生に合わせて弾けるピアノロールを作ります。弾いた音はマイクまたはMIDIで読み取ります。ピアノロールの音符に、おすすめの指番号を表示する機能もあります。Anything Pianoが作るのはピアノロールのチュートリアルだけで、楽譜は作りません。印刷できる楽譜はSongscriptionで作るもので、Anything Piano内の設定で切り替えるものではありません。
練習する曲も、用意されたものだけに限られなくなりました。Simply Piano、flowkey、Skoove、Yousicianのように曲集をもとに教えるアプリでは、担当者が編曲を終えた曲しか練習できません。弾きたい曲が見つからないことが多いのは、そのためです。音声からパートを作るアプリには、そうした曲目の制限がありません。ピアノを学ぶ人にとって、AIがもたらした最大の変化は、練習できる曲が増えたことです。教え方自体は従来と同じです。
ただし、採譜にも限界があります。ピアノソロでは最も正確ですが、音が多く重なるミックス、深いリバーブ、とても低いベース音では精度が落ちます。人が編曲するときの判断もできません。たとえば、初心者の手には音の間隔が広すぎることや、内側の声部を省いても曲らしさを保てることは分かりません。間違いが生まれる理由は、AI採譜の精度に差が出る理由で説明しています。
仕事その2:弾いた音を確かめる
音を認識して演奏をチェックする技術は、ここ数年、安定して使えるようになっています。スマートフォンをピアノに向けると、アプリが弾いた音と弾き損ねた音を判別し、タイミングが早かったか遅かったかを確認します。Anything Piano、Simply Piano、flowkey、Skoove、Yousicianは、いずれもマイクで音を拾います。アコースティックのアップライトピアノでも、ケーブルなしで使えます。SynthesiaとPiano Marvelは、代わりにMIDIを読み取ります。こちらは正確ですが、デジタル楽器が必要です。
演奏中の音を認識する処理は、想像するほど複雑ではありません。アプリは、どの音を弾くはずなのかをすでに知っているからです。何もないところから採譜するのではなく、予想した音が鳴ったかを確かめています。スマートフォンのマイクでも、思った以上に正確に判別できるのはこのためです。苦手な条件もはっきりしています。音数の多い和音、サスティンペダルの多用、周囲の雑音、調律がずれたピアノでは精度が落ちます。詳しくは演奏を聴いてくれるピアノアプリを参照してください。
ただ、音の認識だけでは演奏のよしあしは判断できません。アプリの「94%」は、指定された音に対してどれだけ正しく弾いたかを表す数字です。フレーズが心地よく聴こえたかどうかは分かりません。同じ点数の演奏が二つあっても、聴いていたいと思えるのは片方だけ、ということがあります。今の一般向けアプリは、その違いを見分けられません。
仕事その3:弾き方を直す
この部分では、ソフトウェアができることはほとんどありません。この分野のアプリは、どれも楽器から出る音を評価します。一方、先生が直すことの多くは、音には表れません。何か月もたって癖が定着してから、ようやく音に表れるものもあります。
- 独学で特に間違えやすいのが指使いです。弾きにくい指使いでも、今日は正しい音が出るかもしれません。ところが翌月、曲本来の速さで弾こうとすると、先へ進めなくなります。Anything Pianoのように、ピアノロールにおすすめの指番号を表示するアプリはあります。それでも、どの指で弾いたかにかかわらず、音さえ合っていれば正しく弾けたと判定します。
- 手首や腕の力みは、マイクには分かりません。演奏によるけがの多くは、こうした力みから起きます。
- 手の形も見えません。指の関節がつぶれていても、音自体は問題なく出ます。ただ、その形のままでは、その先に弾けるものが限られます。
- ペダルの踏み方は、音の濁りとして録音に表れます。その濁りが雑なペダル操作によるものか、意図して響きを重ねたものかは、聴いて判断する必要があります。そこまで判断するアプリはありません。
- フレーズをどこへ向かわせるか、どの音を際立たせるか、どこで息をつくか。こうしたフレージングを扱おうとするアプリは、この分野にはありません。
AIにまだできないこと
体の使い方に加えて、まだできないことが三つあります。この分野の宣伝を読むと、できるように思えてしまう部分です。
AIは、何を練習するべきかを判断できません。人が作ったコースを順番に進めることはできますし、チャットボットに頼めば練習計画も出てきます。それでも、右手は問題なく、左手に課題があると気づくほど、演奏を細かく見てはいません。よい先生の仕事の大部分は、この見立てにあります。本人が伝えていないことに気づくからこそ、練習する内容を決められます。アプリで身につけられることと、先生に教わる必要があることは、アプリでピアノを学べるかで整理しています。
AIは、練習を続けさせることもできません。連続練習日数やポイントは、始めたばかりの時期には励みになります。ただ、多くの人には、やがて効かなくなります。それでも残るのは、ある曲を弾きたいという気持ちです。弾きたい曲を本当に練習できるかどうかを、演奏へのフィードバックの仕組み以上に重視するのも、そのためです。
決まりから外れてよい場面も、AIには判断できません。記譜や楽器の教え方には、多くの慣習があります。よい演奏をする人は、それを意図して破ることがあります。どの決まりを守れば音楽が成り立つのかを見分けるには、知識に加えて音楽的な感覚が必要です。AIが音楽家に残すものでは、この点をさらに掘り下げています。
アプリとレッスンを組み合わせる
- 練習材料の用意はAIに任せます。用意された曲から選ぶだけでなく、弾きたい曲を持ち込んでください。Anything Pianoは、どんな録音からでもピアノパートを作ります。楽譜を読んで弾きたいなら、ピアノの採譜で、同じ曲を印刷できる楽譜にできます。
- 音の判定は、成績をつけるためではなく、間違いを確認するために使います。音やタイミングのずれを見つけるのは得意ですが、音楽としてよい演奏だったかを判断するのは苦手です。
- 曲を区切り、ゆっくりさらいます。昔からある練習方法ですが、今でも最も効果の高い方法です。Anything Pianoは曲をいくつかの部分に分け、各部分の進み具合を表示します。繰り返し方は、曲を部分ごとに覚えるガイドで説明しています。
- 人に見てもらう時間を少し設けます。4〜6週間に1回、ソフトウェアに見えない部分に絞ってレッスンを受けます。練習中の一節を持っていき、音が合っているかよりも、指使いや力みについて聞いてください。
- 時々、自分の演奏を録音して聴き返します。ほかの人に聴いてもらう代わりにできる、最もお金のかからない方法です。94%という数字には表れないことの多くに気づけます。
よくある質問
AIでピアノは習えますか?
AIは、ピアノを教える三つの仕事のうち二つを得意としていますが、残る一つはできません。一つ目は練習材料を用意することです。Anything Pianoは、どんな録音からでも、見ながら弾けるピアノロールを作ります。二つ目は、演奏中にピッチとタイミングを確かめることです。ただ、AIには手元が見えないので、指使い、手首の力み、姿勢、ペダルの踏み方は直せません。独学で弾く人の多くは、アプリかレッスンのどちらか一方だけよりも、アプリを使いながら時々レッスンを受けるほうが上達できます。
AIはピアノの先生の代わりになりますか?
体の使い方を教える先生の代わりにはなれません。先生は手元を見て、音が合っているかだけでなく、フレーズの弾き方も聴いて確かめます。マイクでは捉えられないことをもとに、練習する内容も変えます。AIが代わりにこなせるのは、曲の音符を用意する、正しい音を弾いたか確かめる、難しいところの再生速度を落とすといった、もともと機械的に進められる部分です。レッスンのかなりの時間を占める作業なので、今は月1回のレッスンでも、以前より多くのことに取り組めます。
AIでピアノを学ぶなら、どのアプリがよいですか?
AIを実際に何に使っているかで選ぶなら、Anything Pianoです。採譜モデルを使って、どんな録音からでも、再生に合わせて弾けるピアノロールを作ります。そのため、担当者が編曲した曲だけに限られません。Simply Piano、flowkey、Skoove、Yousicianは、音を認識して演奏をチェックしますが、練習できるのは用意された曲です。これらのAIが改善するのは演奏へのフィードバックで、弾ける曲の範囲ではありません。各アプリについては、ピアノ学習アプリの比較で詳しく紹介しています。
AIで曲からピアノの楽譜を作れますか?
はい。採譜モデルは録音から楽譜、MIDI、MusicXMLを作れます。Songscriptionはこの仕組みを使っています。ピアノソロでは精度が高く、音が多く重なるミックス、深いリバーブ、とても低いベース音では精度が落ちます。そのまま完成した楽譜として使うより、少し手直しするつもりで使ってください。Anything Pianoも同じ種類のモデルを使いますが、作るのは印刷用の楽譜ではなく、操作しながら練習できるピアノロールです。詳しくはAIで曲を楽譜にできるかを参照してください。
おわりに
先生とソフトウェアのどちらを選ぶか、という比べ方では、レッスンで教わる内容をひとまとめにしてしまいます。今は、楽器を学ぶうえで機械的に進められる部分に、お金がかからなくなりました。曲の音符を手に入れるには、以前は出版社や掲示板を頼るか、自分で耳コピする必要がありました。今は録音があれば足ります。正しい音を弾いたか確かめるにも、以前は同じ部屋に誰かがいる必要がありました。今は譜面台にスマートフォンを置けばできます。
先生に弾き方を見てもらう部分には、今も以前と同じように費用がかかります。ソフトウェアを買い足すより、そこにお金を使う価値があります。アプリは、弾きたい曲を練習するために選んでください。練習できる曲の制限を取り除いたことが、AIの確かな成果です。Anything Pianoのようなアプリなら、どの曲集にもない曲を練習できるのも、そのためです。そこに月1回ほど、先生に1時間見てもらう機会を加えます。その時間は、マイクでは決して聴き取れないことに使ってください。アプリだけ、レッスンだけで続けるよりも、この組み合わせのほうが上達できます。